札幌高等裁判所 昭和53年(う)41号 判決 1978年5月09日
被告人 桂木怜
主文
本件控訴を棄却する。
当審において未決勾留日数中五〇日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人川村俊紀がそれぞれ提出した各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、当裁判所はこれらに対し次のように判断する。
被告人の控訴趣意のうち事実誤認の主張について
所論は、原判示第三の事実はなく、原判決には事実の誤認がある、というのである。
しかしながら、原判示第三の事実は、原判決の掲げる関係証拠により優に認めることができ、記録を精査しても原判決に所論の事実誤認は認められない。
論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意中理由不備ないし訴訟手続の法令違背の主張について
所論は、原判示第二の事実について、原判決は、証拠の標目として、被告人の自白のほか、(1)被告人作成の昭和五二年一一月一三日付任意提出書、(2)司法巡査作成の同日付領置調書、(3)司法警察員作成の昭和五二年一一月一四日付鑑定嘱託書謄本、(4)北海道警察釧路方面本部鑑識課犯罪科学研究室技術吏員米林史博作成の同日付鑑定書及び(5)司法巡査作成の昭和五二年一二月二六日付捜査報告書を掲げているが、このうち(5)は原判示第二の事実について被告人が犯行場所として自白した公衆電話ボツクスの所在する場所を特定したものにすぎず、補強証拠となりえないことはいうまでもないし、(1)ないし(4)も昭和五二年一一月一三日に被告人から採取した尿中に覚せい剤が含まれていたことを示すものであつて、被告人がそれ以前に覚せい剤を何んらかの方法で入手してこれを使用したことを推認させるにすぎず、被告人が原判示第二の日時場所において内田恭二から原判示のように覚せい剤を譲り受けたことまで推認させるものではないから同様に補強証拠にはあたらない。したがつて、原判決は結局補強証拠なくして自白のみにより原判示第二の事実を認定したことに帰し、理由不備ないし判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
そこで考えてみるのに、自白を補強すべき証拠は、自白と相まつて自白した事実の真実性を合理的に裏付けこれを保障しうるものであれば足りるのであつて、必ずしもその事実の存在を直接推認させるものであることを要せず、間接的にその存在を推認させるに止まるものでもよいと解すべきである。記録によれば、被告人は、捜査及び原審公判を通じて、原判示第二のように昭和五二年一〇月初旬ころ内田恭二から覚せい剤粉末約一グラムを譲り受けたことを自白しているのみならず、捜査官に対し、当時それ以前に入手した覚せい剤は所持していなかつたこと、その後は覚せい剤を入手していないこと、右内田から入手した覚せい剤のうち約〇・二グラムは同年一〇月二八日に生平清一に譲り渡しその余は自己使用に充てたが、当時は毎日覚せい剤を使用していたわけではなく、一回の使用量は大体〇・〇二グラム程度であつたので、同年一一月一二日まで右覚せい剤の一部が手元に残つていたこと及び同日山崎剛と二人で右覚せい剤を使用したことをも供述している。してみれば、同月一三日に被告人から採取した尿に覚せい剤が含まれていたことを証明する証拠は、被告人が同月十二日に覚せい剤を自己使用した事実の真実性を合理的に裏付け、ひいては原判示第二の事実の真実性をも担保していると認めるのが相当である。そうだとすると、原判決には所論のように補強証拠なくして原判示第二の事実を認定した違法は存在せず、論旨はいずれも理由がない。
被告人及び弁護人の各控訴趣意のうち量刑不当の主張について
所論は、被告人を懲役一年八月の実刑に処したうえ、二か月余に及ぶ未決勾留を右の刑に全く算入しなかつた原判決の量刑が不当に重い、というのである。
そこで、一件記録を精査し諸般の情状を検討すると、被告人は、昭和四九年六月一四日釧路地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪(覚せい剤粉末約七グラムを譲り受け、前後三回にわたり覚せい剤粉末合計約五・四グラムを譲り渡した。)により懲役一〇月に処せられ、昭和五〇年一月二三日に右刑の執行を受け終つたにもかかわらず、今回またしても、被告人は、前後二回にわたり覚せい剤粉末合計約五グラムを譲受け、さらに覚せい剤粉末合計約五グラムを譲受け、さらに覚せい剤粉末約〇・二グラムを譲り渡すとともに前後二回にわたり覚せい剤を自己使用しているのであつて、度重なる本件各所為は被告人の覚せい剤についての常習性の現われというべく、その犯情がはなはだ悪いこと、なお、被告人には、昭和三七年八月二七日有印公文書偽造・同行使の罪等で懲役一年、執行猶予二年に、昭和四〇年四月二〇日横領・有価証券偽造・同行使の罪で懲役一年八月に、さらに昭和四五年一二月二五日公正証書原本不実記載・同行使・詐欺の罪で懲役二年にそれぞれ処せられた各前科もあり、被告人の規範意識が薄いことをも合わせ考えると、被告人の本件各所為は厳しい非難に値する。したがつて、被告人が持病である糖尿病の苦痛を免れようとして覚せい剤に手を出したことも本件各所為の一因となつていることなど所論指摘の点を含め被告人のため酌むべき事情一切を十分に考慮しても、被告人がこの際原判決程度の刑に服することはまことにやむをえないところであると考えられる。また、記録によれば、被告人が昭和五二年一一月一五日原判示第一の罪で勾留され、爾来原判決が言い渡された昭和五三年一月二五日まで二ヵ月余に及び引き続き拘禁されたこと、原判決が被告人に対し未決勾留日数を本刑に算入していないことは、いずれも所論のとおりであるが、記録によれば、被告人は前記のように勾留され、身柄拘束のまま昭和五二年一一月二二日原判示第一の罪で起訴され、さらに同年一二月二八日原判示第二ないし第五の罪で追起訴され、翌五三年一月一七日第一回公判期日が開かれて即日結審となり、前記のように同年同月二五日原判決が言い渡されたことが認められ、原審の右の審理経過にかんがみると、被告人が原審において勾留されていた日数をすべて原審の本件審理に必要な期間であると認め、これを本刑に算入しなかつた原判断が、裁量の範囲を逸脱したもので不当であるとは思われない。したがつて、論旨はすべて理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の本刑に算入することとし、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決をする。
(裁判官 粕谷俊治 藤原昇治 日比幹夫)